ファンクスvsブッチャー、シーク 1

2019年12月22日

プロレス
2
ジャイアント馬場 アントニオ猪木 ジャンボ鶴田
今回ご紹介するプロレス名勝負は、1977年12月15日に蔵前国技館で行われたドリー・ファンク・ジュニアテリー・ファンク組vsアブドーラ・ザ・ブッチャーザ・シーク組のタッグマッチです。

この試合はジャイアント馬場が率いる全日本プロレスの創立5周年を記念して開催された「オープンタッグ選手権」の公式戦として、最終日に行われました。

前回のアントニオ猪木vsビル・ロビンソンの時に、試合の背景として全日本プロレスが主催した「オープン選手権」について書きました。

猪木vsロビンソン 3

プロレス史上に残る名勝負となったアントニオ猪木vsビル・ロビンソンの一戦ですが、この試合には特筆すべき背景がありました。...



それに続いて今回は世界ナンバーワンのタッグチームの座を争うのが趣旨でしたが、前回に続いてアントニオ猪木ら新日本プロレス勢の参加はありませんでした。

しかし発表された参加チームの顔ぶれは、前回に引けを取らないほど豪華なメンバーでした。

まず優勝候補の筆頭に挙げられたのが、ドリー・ファンク・ジュニアテリー・ファンクの兄弟コンビでした。

この2人は世界最高峰と言われるNWA世界王座に揃って君臨した唯一の兄弟で、日本プロレス時代に来日した時には当時無敵を誇った馬場・猪木のBI砲を破ってインタータッグ王座を奪取しています。

主催者である全日本プロレスからはジャイアント馬場ジャンボ鶴田の師弟コンビで、ファンク兄弟からインタータッグを奪った実績もあり、優勝を狙える実力コンビです。

他にも国際プロレスからの参加や、ヨーロッパ代表としてビル・ロビンソンホースト・ホフマンの夢のコンビなど合計9チームが総当りのリーグ戦を行い、勝ち点の合計で優勝が争われるルールでした。

そんな中で、ひときわ異彩を放ったのがアブドーラ・ザ・ブッチャーザ・シークの「地上最凶コンビ」で、この2人はアメリカでもタッグを組んでいた事もありますが、この当時は血みどろの抗争を展開していて、常に仲間割れの危険がありました。


MEMO

2年前の「オープン選手権」での全日本サイドによる猪木潰しに対しては、名勝負を演じることで猪木に加勢する側だったビル・ロビンソンですが、あの猪木との対決を最後に新日本プロレスを離れて、その後は全日本プロレスに定着していました。



この空前の豪華メンバーが一堂に集結して総当たりのリーグ戦を行い、リーグ戦の組まれていない日には各会場で夢の顔合わせによるシングルマッチも行われ、それまで日本マット界に根強く定着していた「タッグリーグ戦は不人気に終わる」というジンクスは完全に破られるほどの盛況ぶりでした。

リーグ戦が始まると、戦前の予想通りファンク兄弟馬場・鶴田組が順当に星を伸ばしたのに加えて、開幕戦で馬場・鶴田組を破ったブッチャー・シーク組も最後まで息の合った戦いを見せて、蔵前国技館での最終戦を前に優勝争いはこの3チームに絞られて行きました。

最終戦のセミファイナルで大木金太郎キム・ドクの「韓国師弟コンビ」を破った馬場・鶴田組が勝ち点13点を挙げてリーグ戦を終了しました。

そしてメインで対決するファンク兄弟ブッチャー・シーク組は、この時点でともに12点を挙げていて、勝った方が優勝で引き分けなら3チームによる同点決勝もありうる展開で、外国人チーム同士の最終試合を迎えました。

ファンクスvsブッチャー、シーク 2

会場にテーマ曲の「スピニング・トー・ホールド」が流れて、まずファンク兄弟が先にリングに登場しました。...


2 件のコメント

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そふぃあ

2019/12/23 (Mon) 07:11

49: こんにちは

懐かしの豪華メンバーのお名前が続々と!
プロレスには詳しくありませんが、祖母が好きで、当時よく一緒にTVを観ていたことを思い出しました。
馬場さんは県の誇りですし!

ススム

2019/12/23 (Mon) 10:01
ススム

50: To そふぃあさん

おはようございます、コメントありがとうございます。

このメンバーが総当たりで対戦すると発表された時は、ドリーvsロビンソン等色々な顔合わせを想像しては興奮していました (笑)

馬場さんは偉大なプロレスラーだけでなく、世界一のプロモーターでした。